2人は動かなかった。いや、動けなかったと言う方が正しい。互いに隙がなくへたに動けばカウンターを食らう。しかもそのカウンターは重い。解剖学流体術の一撃はもろに受ければ致命傷だ。異倫も解剖学流体術の使い手の1人だった。それもかなりの手練れだ。
10分、20分、いやもっと経っただろうか。2人は微動だにできないまま時間だけがすぎる。先程まで晴天だった空が急に曇り、風も吹き始めた。湿気を帯び、今までより冷たい風が2人の間を吹き抜ける。空気の質の変化を2人の肌は敏感に捉えた。
「雨が降る」。そう2人は予感した。
「待て」の号令をかける者や試合のやり直しを命じる者もいない。気を緩めれば致命傷必至の一撃が飛んでくる。その状況がずっと続いている。達人同士の試合は精神力の勝負から始まった。
もう1時間が経っただろうか。予想通り巨大な積乱雲が発達し辺りは急に暗くなった。風もより冷たくより強くなってきた。遠くでは雷が鳴っている。
ぽつり、ぽつり、雨が降り始めた。雷鳴の音も確実に近づいているのが分かる。
「雨も降ってきたしいったんやめよう。」そう言えればどんなに楽か。
否、藤依の脳裏にはそのような発想はまったくなかった。無論、それは異倫も同様である。藤依は異倫の暴走を止める手段は自分の拳以外にないと思っていた。かつての同僚に何があったかは知らないが、奴に苦しめられている人民がいる。そして、本来人を救うはずの医学から派生した解剖拳が悪用されている。それだけで藤依は異倫を許せなかった。
「長期戦、、、、望むところだ。」藤依がそう思った瞬間。
ぴかぴかっ。
異倫の背後で雷光が閃く。
「うっ」。藤依の視野が一瞬白く光る。
その隙を異倫は見逃さなかった。