「俺が若い頃は・・・」。歳を取ると過去を振り返り美化しがちです。
歳を取るにつれ当たり前にできていたことができなくなってきます。高齢者の場合、それが急に起こることもあります。高齢者がなんらかの原因で入院するとそれをきっかけに一気に老け込んでしまうことがあります。これを廃用といいます。
99歳のおばあちゃんが施設のトイレで転倒しました。足が痛い痛いというので救急車で病院へ運びました。そうしたら骨盤骨折が見つかりました。
整形外科の先生に見てもらいましたが、超高齢に加えて心臓病など様々な併存疾患があり手術はできないという判断でした。安静を保つ治療で(保存的治療と言います)6週間は最低でも床上安静です。
これは、言葉は悪いですが、実質的に、死刑宣告のようなものです。
ロコモティブシンドロームという言葉を知っているでしょうか。ケガや病気で動けなくなると、足腰だけでなく全身の筋肉が落ちます。認知機能低下や肺炎のリスク上昇、気分の落ち込み、肺活量低下など様々な要因が絡んで命を縮めてしまうのです。
このおばあちゃんは普段介添え歩行可能で、介護を受けながら生活をしていました。食事やトイレはある程度自立していたようです。
若い人でも6週間ベッド上生活は相当応えるはずです。99歳にそれを強いたら寝たきりになってもう元には戻れないでしょう。活気を失い、どこかで肺炎や尿路感染を起こして死亡してしまうと思います。
99歳という年齢がそもそもいつ亡くなってもおかしくない年齢です。朝起こしに言ったらおばあちゃんが息をしていなかったなんて全然ある話です。
私は家族に、予後不良であると相当厳しい話をしなくてはなりませんでした。
「◯◯さんですが、CT検査を行ったところ骨盤骨折が判明しました。整形外科の先生に診てもらいましたが手術はできないとのことです。6週間ベッド上安静にしてそれから徐々に安静を解除していきます。といっても、99歳ですからこえをきっかけにもう立つことはできないでしょう。安静にしているうちに足腰を含めた全身の筋肉が落ち、肺炎などの感染症にかかって死亡する可能性が高いです。そもそもが99歳という年齢ですので何があってもおかしくないです。心臓病などなんらかのトラブルで急変して亡くなってしまう可能性もあります。骨盤骨折を負ってしまった時点で相当分が悪いです。もう寿命が近い歳ですが、さらに寿命が縮まったと思うので覚悟してください。急変した場合は心臓マッサージや電気ショックすることもできますが、先が長くないので逆に可愛そうだと思います。苦しむ様子がなければ基本的には見守らせていただくのがよいと思います。」
そんな話をしました。家族は姪(この方も高齢者)でしたが、なんだか理解が良くないようです。
「また元気にならないですか。元気だったんですけど。急にこうなっちゃって。」
(元気になるわけ無いじゃないか・・・99歳だぞ。)
「はい、厳しいです。超高齢者ですし、基本的には元気にならないです。若返ることはないですし、99歳が骨盤骨折っていうのはえらいことなんです。重症だと思ってください。万が一経過中に心臓が止まった場合は蘇生処置は行わないという方針でよろしいですか。」
「蘇生処置っていうのはできないんですか。」
(99歳で心臓止まったら寿命だろう。その人の胸を押して、電気ショックかけて何になるんだ。かわいそうだろ。)
「できないというか、やっても本人の体を傷つけるだけになってしまいます。転んで骨盤が折れるくらいですから、肋骨骨折は何本も折れるでしょう。仮に心臓が動き出してもまたいずれ止まってしまいます。その時がきたら寿命と考えたほうがよいです。」
「あー、そうなんですね。」
(いったいいくつまで人間生きると思っているんだ。生物は年老いて体の限界がくるということを知らないのか。)
「はい、そう考えてもらったほうがいいですね。いきなり厳しいお話で心苦しいのですが。これはご理解いただくしか無いです。」
「なんか元気だったから。ショックですねぇ。えー、そうなんだぁ。」
(元気元気って言うけど、認知症で会話はちぐはぐだし、尻もちついて骨盤が折れる時点でそうとう体にガタがきているよ。生活も所々要介護だし、変に延命させようとするほうが可哀想だよ。)
「はい、痛みなどの苦痛の除去に努めたいと思います。よろしくお願いします。」
「わかりましたー。」
こんな感じで最後は納得していただきましたが、人が年老いて死んでいくことのイメージの乖離に戸惑いました。
「元気だったんです。また元気にならないんですか。」と家族によく言われます。元気になって欲しいとか、元通りになって欲しいというのは当然の思いですよね。ただ、元通りにはならないです。高齢者は入院をきっかけにがくんと生活の質が落ちます。できたことがどんどんできなくなります。顔を合わせる機会が少ない家族ほど昔のイメージが残っていて、「元気だったんですよ」と言います。しかし、家族が言うほど元気ではありません。
たしかに、このおばあちゃんも99歳にしては比較的元気だったのだと思います。でも、ここで1つ誤解があります。元気なのは、“同世代の高齢者と比較して”元気ということです。90台後半にしては元気とかしっかりしているという言い方はできると思います。
でも冷静に考えてください。99歳が元気なわけないんです。目は見えない、耳も悪い、自分で自由に動けない、転びそうになった時とっさの回避行動が取れない、認知機能が低下していて日付や場所も曖昧など、すべての能力が加齢により落ちているわけです。もっと能力が落ちた他の高齢者と比べたら元気とかしっかりしているという評価ができるかもしれません。でも、それで本人が元気と評価するのはおかしいと思います。他人と比べれば自分をどうにでも見せることができます。自分より背が低い人をつれてくれば自分は背が高いですし、自分より背が高い人を連れてくれば自分は背が低いです。

比べるなら他人ではなく、自分自身ではないでしょうか。人は生まれた時は何もできません。母親に手厚いお世話をしてもらってやっと生きることができます。それが自分の足で立つことができるようになり、歩くことができるようになり、走ることができるようになります。言葉を覚え、抽象的な思考もできるようになります。学習により頭も体もぐんぐん成長してできることが増えていきます。年齢を重ねるとそれがだんだんできなくなります。頭脳については記憶力低下がわかり易い例でしょう。新しいことをやりたいという意欲の低下も起こります。身体面では走る、跳ぶといったことができなくなり、関節痛にも悩まされるようになります。
何もできないところから始まって、能力が高まるけれども、どこかのタイミングで、できたことが徐々にできなくなっていく。そして何もできないところへ戻って死ぬ。これが人の一生です。

99歳、本当に元気ですか。上のグラフでもうだいぶ下の方ではないですか。転んで骨盤が折れる、もうこの時点で寿命なのだと思います。人がどうやって老いて死んでいくのかすべての人に知っておいて欲しいです。