雑記

運と才能と努力

「以上でお話を終わります。ご清聴ありがとうございました。」

(ぱちぱちぱちぱち)

会場から拍手があふれる。今日は再生医療の大家であるある著明な博士の講演会だ。博士は最新の研究成果を一般市民にとことん分かりやすく話した。講演を多数こなしているだけあって、時にユーモアを交え聴衆の笑いを誘いながらその研究の魅力を伝えた。その場にいた全員が講演に聞き入り、ここまで医学は進歩しているのかと驚いた。

講演後、博士が従者の迎えで帰路につこうとしていた。迎えの車が停まり、乗り込もうとしたその時。

「ちょっとー、ちょっと待ってください。」

1人の青年が息を切らしてやってきた。

「はあはあ。先生・・・。はあはあ。」

講演会を聞いていた青年だろう。歳は高校生くらいだ。

「どうしたんだい。そんなに息を切らして。」

「先生に、はあはあ・・聞きたいことがあって、はあはあ。さっき質問できなかったから、はあはあ。」

従者がやって来て言った。「君、先生は忙しいんだよ。」

「まあまあ。次の予定まで少し時間がある。」

「いけません、先生。多少時間があるとは言え、次の予定は隣町のA市です。今から車で移動しないと間に合わなくなります。」従者が手帳を見ながら言う。

「僕、A市から来ました。」青年が言った。

「ならちょうどいいじゃないか。車に乗りなさい。君を送りながら質問に答えるとしよう。それなら一石二鳥じゃないか。」

「先生!」従者は不満そうだったが、博士がにこっと笑うと、諦めた顔をして運転席へ回った。

青年は感動して後部座席に乗った。

「それで、質問とは?」

「先生、ご配慮ありがとうございます。そして、先程は素晴らしいご講演をありがとうございました。私も先生のように成功した人生を送りたいです。どうやったら人生で成功できますか。」

「成功か。」博士は神妙な顔で車の天井を見上げた。しばらく考え込んだ後、次のように答えた。

「私の人生はまだ道半ばだし、私の人生が成功かどうかなんてわからない。それに、今日お話したのは私がうまくいったところだけだ。思い通りの成果が出なかったり、失敗したりしたこともたくさんあるよ。ただ、そんな答えじゃ満足しなそうだね。では、私が物事に取り組むうえで大切にしていることを教えよう。」

「はい、お願いします。僕、将来医者になって、新薬を開発してたくさんの病気の人を治したいんです。」

「人生の成功というとその定義は人によって答えが違うだろうが、成功するうえで大切だと思うことが3つある。それは運と才能と努力だ。」

「運と才能と努力?」

「そうだ。この3つに恵まれた人が成功する。まず第一に運だ。君には学問の自由があるかね。」

「学問の自由ですか。はい、あると思います。学校には行けていますし、特に学ぶことを制限されているということはないです。インターネットや本もあるので調べたいことも手軽に調べることができます。」

「よろしい。君は両親から虐待を受けているかな。」

「とんでもない。うちは裕福な家庭というわけではないですが、普通に育ててもらっています。父はたまに怒ると怖いですし、悪いことをして拳骨をくらったこともありますが、虐待は受けていません。」

「よろしい。もう一つ聞くが、君は健康かね。」

「はい、健康だけが取り柄と言ってもいいくらいです。これには自信があります。」青年は笑いながら言った。

青年が続けて言う。「先生の質問にはどういった意味があるんですか。」

「君は運がいい。」

「運がいい?宝くじがあたったことはないし、僕じゃんけん弱いですけど。自分が運がいいなんて思ったことなかったです。」

「いや、君は運が良い。世の中には学びたくても学べない人がたくさんいる。もし君が子どもに必要な教育を受けさせないひどい親のもとに生まれていたら君は十分な勉強ができないまま大人になったかもしれない。もし君が生まれつき何らかの障害があったら、生まれつきじゃなくても病気やケガで不自由な体になったら、君は好きなことが十分できないだろう。私の知人の子どもは白血病にかかって入退院を繰り返している。気の毒だが、そのような状態で自分のやりたいことができるだろうか。もし君が盲目だったら、難聴だったら、肢体不自由があったら、君はさっき話してくれた夢を叶えられるだろうか。」

「たしかに。健康というだけでもありがたいんですね。でも乙武洋匡さんやヘレン・ケラーのような人もいます。」

「そうだね。我々が想像できないくらいの辛い試練に打ち勝って名を残した偉人もいるね。障害を持ったからもう成功者にはなれないというのも間違いだ。ただ誤解しないで欲しい。そういうことを言いたいんじゃないんだ。確率の問題さ。歴史的発見をした偉人、ノーベル賞受賞者の中に、さっき挙げた生活を大きく制限されるような病気の人は何人いるだろう。障害や病気を抱えながらノーベル賞を受賞した偉人もいる。だから障害者は成功できないとか、障害があるから人生思いどおりにならないというのは間違いだ。君は研究をして新薬を開発して多くの人を救いたいという夢を語ってくれたね。それを叶えるのが君の成功だというのなら、健康な肉体を持っていた方が成功する確率が高いと思わないか。」

「うーん、そうかもしれません。」

「ところで君は今の環境を、今のその肉体を自分の力で手に入れたのか。」

「環境は、たまたま生まれたところがそうだったという他ないです。体も健康には気をつけているけど両親からもらったものだし。」

「そうだ、運だよ。君は好きな勉強ができる環境にあり、良い両親のもとに生まれ、健康な体で生活ができている。そこに完全に君の“実力”とか“努力で勝ち取った”ものはあるかい。」

「いえ、ありません。」

「先に上げたのはほんの一例だ。成功のためには様々な場面で運が必要だ。」

「1つ疑問があります。」

「なんだね。」

「いきなり運と言われると虚しい気持ちになります。失礼を承知で反論しますが、中には運に恵まれなくても苦労して成功を勝ち取る人もいます。」

「ほう。」

「先生が先に家庭環境を例に上げました。家庭というのは子どもにとって非常に重要です。でも現代だったら虐待にあたるようなひどいことをする親の元で育ち、それでも努力して成功する人もいます。進化論で有名なチャールズ・ダーウィンは厳格な父の元で育ちました。父は医師で、ダーウィンに家業を継がせようと医学部に入学させますがダーウィンの興味は医学ではなく生物学でした。また血を見るのが苦手だったとも言い、医学部を中退してしまいます。父親はそんな我が子に『お前は家の恥だ』と言ったそうです。父親はダーウィンの個性を全く評価していませんでした。しかも母親は幼少期に亡くなっています。今なら毒親とも言える父親の元で育ちながらダーウィンは生物学者として大成しました。ダーウィンが発表した進化論は生物学界に強烈なインパクトを与えました。」

「ダーウィンには才能があったんだよ。」

「才能?」

「そう、才能。ダーウィンは生き物採集に熱中できた。特にかぶとむしは大好きだったそうだ。珍しいかぶとむしが2匹いて、両手でそれを捕まえた。すると、3匹目が現れたから持っている1匹をとっさに口にいれて3匹目を取りに行ったが、ひどい味がしてぺっと吐き出してしまったというエピソードがある。結局3匹目は逃がしてしまったらしいがね。ダーウィンは医学部に入らされたり、神学を学ぶように指示されたり、興味がない学問を父親に強要された。でも才能があったから後にそれが開花して成功することができた。」

「才能ってみんながみんな持っているわけではないですよ。そういえば僕の知り合いに親が医者で医学部以外への進学は認めないって言われていた人がいます。虐待とまでは言わないけど毒親ですよね。その人は高校卒業後自分のやりたいことをやるために親と縁を切って、奨学金とアルバイトでお金を工面して自分で医学以外の学部へ進学しました。これって、そういう親のもとに生まれながらも自分で人生を切り開いたのだから、運だけじゃないですよね。」

「その子は立派だね。でもその子は衣食住に困るような家庭には生まれなかったわけでしょ。それにきっと五体満足だったわけだ。それだけでも運がいいよ。でも運、運っていうと君が納得しそうにないから、そろそろ2つ目の成功の鍵である才能について説明しよう。その子は才能があったんだ。」

「何の才能ですか。」

「自分の人生を切り開く才能さ。」

「なんですかそれは。」

「世の中には人が羨む才能を持っている人がいるじゃないか。一を聞いて十を知るような頭がいい人とか、どんなスポーツでも器用にこなしちゃう人とか、教わってなくてもなんとなくできちゃう人とか。その人の能力だけでなく、その人が生まれ持った気質というか性格も才能なんだ。物事を深く考えるのが好きとか、単純作業を継続できるとか、負けず嫌いで困難なことがあると燃えるタイプだとか。性格って幼少期からもうある程度できているけど、そういう性格になるぞって思ってそうなる人はいないからね。これも才能。さっきの話に出てきた君の知り合いは、もうだめだから諦めて親の言うことを聞こうとはならずに、じゃあ自分でなんとかしてやるって思ったんだよね。それって才能だよ。彼には人生が台無しになるような大きな不運はなかったけど、毒親に当たるっていう多少の不運があった。でもそれを跳ね返して自分のやりたい道を突き進んだ。きっとその人は自分の学びたい学部へ進学してやりたいことをやっているんだろう。ある意味成功していると言っていいし、それだけの情熱と能力があればきっとこの先成功するだろう。」

「才能か。たしかに、僕に兄弟がいるけど結構タイプが違う。親は同じように育てたと言うけど、性格が真逆だったりする。僕は今の性格になろうと思ってなったわけじゃない。それって才能なんだ。」

「自分に才能なんてあるかな。なんの才能だろう。」

「君には才能があるよ。私のところに走ってきて、話を聞かせてくれなんて直談判するくらいだからね。度胸があるよ。」博士が微笑みながら言った。

「話を聞きたい一心できたけど、そうですかね。」

「才能授かるのは運ですか。なんだかそこがごっちゃになっちゃう。」

「運を磨くとはいわないが、才能を磨くとは言う。運は磨けないが、才能は自ら磨くことができる。そこが違いかな。」

「なるほど。」

「そして、最後が努力。」

「努力が最後なんですね。でもこれはわかります。説明がいらないくらい。勉強だろうが、運動だろうが、努力なしに勝手に自分の能力が上がるなんて都合の良いことはない。努力が必要です。」

「運と才能と努力。この3つが揃えば君は高い確率で成功できるだろう。」

「はい、納得しました。」

「最後に付け加えておきたい大事なことがある。」

「なんですか。」

「この3つで自分がコントロールできるものは何。」

「コントロールできるもの。そりゃ、最後の努力だけですよ。運も才能もコントロールできない。できたら苦労しないですって。」

「当たり前のことだよね。でもここを分かっていな人が多い。自分になんとかできるところって努力だけなんだ。だからここに自分の100%をぶつけるべき。というか、運とか才能とか一切注目しなくて言い。変えられないんだから。自分は運がない、自分は才能がないって言っている人ほど成功から遠のく。当たり前だよ。変えられないところに自分の意識を割いているんだから。成功に近づくどころか遠のくよ。成功する人はそんなところに目を向けず、ひたすら努力している。漫画やドラマじゃないから全員が思い通りの成功を掴めるなんて甘い話はない。そんな保証はどこにもない。でも不確実なこの人生で、成功の確率を挙げたいのなら自分のコントロールできるところ、つまり努力できるところにひたすら自分のリソースを割くことだ。それが成功するための鍵だと思う。」

「たしかにそうですね。納得しました。」青年は大きく頷いた。

博士の話が終わったところでちょうど車はA市の市街に到着した。従者は車通りの少ない道で、車を端に寄せ青年を車からおろした。青年はお礼を言ってその場を後にした。

~時は流れ30年後~

「以上でお話を終わります。ご清聴ありがとうございました。」

(ぱちぱちぱちぱち)

会場から拍手があふれた。今日は新型ウイルスに対する特効薬を開発してノーベル賞を受賞した博士の講演会だ。博士が開発した薬は世界中の患者を救い、奇跡の薬と呼ばれた。開発したのはそう、あの青年だ。もう青年ではないが。

「なぜ新薬の開発に成功できたと思いますか。」場内にいた子どもから質問があがった。

「それは私の運が良かったこと、才能があったこと、そして努力したことです。順を追って説明します。」

博士は質問者の子どもに語りかけるように、自分が成功した理由について語った。質問してきた子どもに当時の自分を重ねながら。

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qqbouzu
地方で救急科医として働いています。