ドパン。
鈍い音と乾いた音が合わさったような聞き慣れない音が聞こえた。藤依が立ち尽くす。異倫の正拳が胸にクリーンヒットしたのだ。勝負は決まったかと思われた。ガードすら許されない剛拳に胸骨は折れ、心臓は破れ、胸椎までも真っ二つに引き裂かれるだろう。藤依が絶命し後ろ側に倒れ、異倫が微笑む。そのような光景が展開されるはずであった。
「ぬぅ、これは・・・。」
顔を苦痛に歪ませているのは異倫の方であった。異倫の拳が折れているように見える。
「解剖学流体術奥義・板状鋼(ばんじょうこう)。私の胸は一瞬の間鉄板と化しました。」
「貴様も氣が使えるとはな。迂闊だった。お前ほどの使い手であれば氣が使えることも想定すべきであった。だが、それだけではない。貴様俺の腕に何かしたな。まさか。」
「そのまさかです。私も体得しているのですよ、インナーブレイクを。私が切断したのはあなたの橈骨神経。橈骨神経が麻痺してしまえば貴方の手関節は伸展しない。」
「一体いつ・・・。そうか、あの時。」
藤依は腋窩破断斬をくらった際、とっさに相手の肘を左手で抑え威力を殺した。その際に、防御と同時に内部破壊を行っていた。
「そう、貴方の攻撃を受けたあの瞬間、私は貴方の腕を抑えつつ、1本神経を切断していたのです。」
橈骨神経が障害されると手関節を伸展させることができない。そのため橈骨神経麻痺の患者は前に腕を伸ばすとまるでおばけのように手先が下がる。これを下垂手と言う。思い切り右の握りこぶしを叩き込んだつもりの異倫だったが、手先が垂れており、手関節を挫くかたちとなった。フィニッシュのつもりで放った右拳であったが故に、手関節捻挫では済まない。橈骨および尺骨遠位端骨折は免れないだろう。
これで共に片手落ち。状況は五分と五分に引き戻された。