顔には重要な器官が集まっています。眼、耳、鼻、口です。それらが損傷されれば、見えない、聞こえない、臭いがわからない、話せない、食べられないとなり、人生の質が大きく下がります。重要器官がこれほどぎゅっと集まっているところは他にありません。近くには頭(脳)もあります。
さて、今回はそんな顔の外傷についてです。若手医師の皆さんは挫創の縫合ならできると思います。顔面の縫合も自信を持ってできますか。顔面外傷を見た時、特に重要な構造物を列挙することができますか。この記事では、顔面外傷を見た際に注意すべき構造物を紹介します。
形成外科などの専門科へつなぐべき創傷なのか否か、そこの判断ができるようになってくれると嬉しいです。
今回は図がないと厳しいので、下手なのですが図を作ってみました。モデルとなる顔を作りましたので御覧ください。尚、私は幼少期より一貫して美的センスがありません。微妙な絵柄ですが、これ以上のクオリティーは望めないのでご理解ください。
まず顔面の模式図です。まっさらな図を見て、重要な構造物を思い描いてください。

イメージできましたか。イメージできたら次の図に行きましょう。
本当にイメージできましたか。すぐ答えに飛びつかないでくださいね。
本当にイメージできましたか。
本当にイメージできましたか。
はい、もういいかげん答えを出します。

あなたのイメージ通りだったでしょうか。これらが重要な構造物になります。文字に起こすとこういうことです。
- 耳下腺/耳下腺管
- 顔面神経
- 涙道
- 眼窩下神経
- 口唇
一つ一つ解説していきましょう。
<耳下腺/耳下腺管>
耳下腺は皮下に触れることができます。ちょうど耳介の下方前側ですね。耳下腺管はおおむね口唇と耳珠を結ぶ直線状を走っています。上顎第二臼歯に相当する頬粘膜部に開口しているのでした。受傷部位からまず損傷を疑います。耳下腺開口部からブジーを挿入したり、通水テストをしたり、耳下腺圧迫による耳下腺断端からの唾液漏出を確認したりして診断します。疑わしければ耳鼻科に相談します。夜中に呼び出す必要はありません。緊急度としては高くないので、耳鼻科への連絡は平日日中でよいです。休日でも院内に耳鼻科の先生がいたり、オンコール体制があったりすれば、昼間のうちに相談するのは全然ありだと思います。
<顔面神経>
顔面神経の走行を復習しましょう。解剖学のおさらいです。顔面神経は脳神経の7番です。橋から起始し内耳管を通り最終的に茎乳突孔から頭蓋外にでます。その後耳下腺内を通り、耳下腺実質の中で各方面に分枝を出します。主な分枝は5本です。上から側頭枝、頬骨枝、頬筋枝、下顎縁枝、頸枝です。特に顔面神経本幹、側頭枝、下顎縁枝は早期修復が良いとされています。顔面に挫創がある場合はこれらの主要な枝が切れていないか確認する必要があります。そのため局所麻酔前に神経学的評価を行わなければいけません。評価は顔面の動きで確認しますが、以下の組み合わせを覚えておきましょう。
・側頭枝―額のしわ寄せができるか
・頬骨枝―閉眼できるか
・頬筋枝―口角の引き上げができるか
・下顎縁枝―口角下制ができるか
・頸枝―(調べましたがわかりませんでした)
神経は相互に吻合しており部分断裂があっても自然回復してくる場合があります。ただ時間が経過すると脱神経された表情筋が変性するため慎重なフォローが必要です。神経損傷があれば形成外科に神経縫合や自家神経移植を検討してもらいます。神経縫合は緊急では行わないので次の営業日で大丈夫です。断端を見つけたときはマーキングしておくと良いですが、慣れないうちは手を付けずに形成外科へお願いしましょう。創部は洗浄、止血後に粗く閉じておきましょう。
<涙道>
目頭と呼ばれる、目の内側の損傷には気をつけてください。目頭は医学的には内眼角と言います。涙腺から分泌された涙液は眼球表面を潤し、目の内側に向かいます。そして涙点と呼ばれる孔から涙小管に入り、鼻涙管に抜けていきます。涙点~鼻涙管までの涙の通り道を涙道と呼びます。

頻度は低いですが、顔面外傷でこの涙道を損傷することがあります。内眼角付近の外傷で持続的に涙が溢れてくる症状があれば疑います。確定するには全身麻酔下で上下涙点から涙管ブジーを挿入して損傷を確認する必要があります。涙道損傷を疑うもしくは涙道損傷を認める場合は可及的早期に断端吻合を行います。涙の流出は下優位であり特に下涙小管断裂では再建は必要です。涙道損傷は夜中でも形成外科へ相談しておいたほうが良いと思います。もちろん、重症頭部外傷や腹腔内出血など他に優先度の高い外傷があれば後回しになります(形成外科医は呼ばれても待ちぼうけをくらうだけなので、コールは落ち着いたらにしましょう)。あと、覚えておいてほしいのは、涙点近く、つまり内眼角付近で止血のため闇雲にイポーラーを使用するのは禁忌ということです。涙点を潰すリスクがあるからです。
<眼窩下神経>
眼窩下神経は文字通り眼窩の下側(尾側)にある神経です。眼窩の下には眼窩下孔という孔があり、そこから神経が出てきて皮膚に分布します。頬、上口唇、鼻の側面、上顎歯肉の感覚を司ります。顔面の感覚を担当するので三叉神経の一部ですね。三叉神経第二枝の一部です。切創や挫創だけでなく、頬骨骨折に合併することが知られています。頬部の外傷では感覚障害をチェックしましょう。
<口唇>
昔、口唇というのは赤っぽいところだけを指すものだと思っていました。口の上下にある柔らかくてよく動く軟部組織はすべて口唇なんですね。私が口唇だと思っていた赤っぽいところは赤唇、それ以外の通常の皮膚部分を白唇と呼びます。口唇はデリケートな部分です。外観に強い影響が出ますし、損傷の程度によっては咀嚼、発語にも影響がでます。損傷が大きい場合は夜中でも形成外科へ相談すべきでしょう。小さな挫創であれば縫ってしまってよいですが、注意点があります。それは赤唇と白唇の境界線を合わせるということです。このラインがズレたまま縫合するとそれがずっと残ってしまいます。局所麻酔をすると境界線が見づらくなったり、組織が腫脹して正しい位置関係がわかりにくくなったりします。そのため、麻酔前に前に境界線のマーキングをおすすめします。縫合糸は柔らかいマルチフィラメントの糸が良いでしょう。具体的には救急外来によく置いてあるVICRYL(バイクリル)をよく使います。想像してほしいのですが、口唇をナイロン糸で縫っても傷の治り的には問題ありませんが、ちくちくして痛そうじゃないですか。これは口の中を縫うときも同様です。VICRYLは吸収糸ですが、抜糸を前提に使用しても良いです。
以上になります。へんてこな図だったと思いますが、逆に印象に残ったのではないでしょうか。そう思っていただけると救われます。創傷なんて洗って縫っておしまいだと思わないでください。意外と奥が深いです。重要構造物の修復そのものよりもまずはそれに気づくことの方が何十倍も大切です。皆さんの外来対応のクオリティーアップがあがったら嬉しいです。
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