医師が死亡確認をしたら、その身体は死体(遺体)となります。異常死体を認めた場合は警察に届け出なければいけません。異状死体の届出義務を記した医師法21条を覚えていますか。法医学の授業内容なんてちゃんと覚えていないという人もいるでしょうか。
以下に原文を載せます。
医師法21条
「医師は、死体又は妊娠4ヶ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」
さて、異常死体とはどんな死体でしょうか。皆さんが救急外来に搬送された人を看取った場合、どのような場合に警察に連絡し、どのような場合に連絡が不要なのでしょうか。
今回の話は患者さんの検査や治療に関することではなく退屈に思う人もいるかも知れません。しかし、これは救急外来に出ることがある以上避けては通れない話題です。2023年中の救急搬送は664万1420人、そのうち心肺停止患者は14万575人でした。そしてその大多数は救急外来もしくは集中治療室で死亡確認されます。
異状死について考えていきましょう。そのためには自然な死、あるいは普通の死について考える必要があります。人はどのような死に方をすれば自然あるいは普通だと言えるでしょうか。
人は歳を重ねれば、体が衰え、いつか限界を迎えます。生きた先の限界は老衰による死です。老衰できる人はいいですが、その前に病気を発症する人がたくさんいます。生きていれば体のあちこちに異常がでてきて病気になります。病気によって命を落とすことも自然なことです。
というわけで、「老衰もしくは(内因性の)病気による死亡」が自然(普通)な死となります(臓器移植に関連する脳死はまた別の話です)。
それ以外が異常死です。具体的には交通事故で死んだ、毒で死んだ、首吊りで死んだ、殺された、火事で死んだ、溺れて死んだなどです。これらは亡くなった方の外側に死の要因があるため外因死とも呼ばれます(反対は内因死)。
皆さんに覚えておいてほしいのは、原則として“診療経過が分かって、内因死とはっきり言えれば検死は不要”ということです。原則としてと書いたのは、内因死だろうと思われても、事件性を疑うような不審な点があれば警察に連絡して欲しいということです。死体発見場所や現場の状況、患者の服装などにおかしな点があれば(人が入らないようなところにいたとか、裸で倒れていたなど)警察に相談してください。
つまり、“内因死と断言できない、患者に不審な点があるケースはすべて警察へ連絡”してください”。
具体例を上げます。
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75歳男性、施設の自室内で倒れているところを発見されて救急要請となった。ベッド脇に倒れて頭から血を流していたという。来院時心肺停止で蘇生処置を行うも死亡確認となった。
→ケガをしています。内因性疾患が先行して倒れたのかもしれませんが、推測の範囲です。外因の可能性があります。内因性とはっきり言えないので検死です。
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90歳女性、訪問看護と往診を受けて在宅で暮らしている。往診医との付き合いも長く、最期は家で死にたいと言っていた。最近、起きている時間が少なくなり食事もほとんど食べなくなった。ある日家族が様子を見に行くと息をしていなかった。
→診療経過が分かっています。経過に不審な点はなく老衰でしょう。診療経過を知っている主治医や担当医が患者を診察し、変な外傷などがなければ警察介入なく死亡診断書がかけます。救急外来に搬送され、全く別の医師が診察しても、往診医とやりとりができ、上記の経過について情報共有できれば警察介入なく死亡診断書がかけます(もちろん体表の観察は行い変な外傷などがないことが前提です)。
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60歳男性、ALSでA病院にかかりつけ。嚥下障害があり誤嚥性肺炎を繰り返していた。呼吸も弱っていて、気管切開術を含めた人工呼吸器の導入や胃瘻について話し合いがされていたがすべて拒否していた。主治医のカルテにはそのやりとりが記載されている。今後、痰による窒息や呼吸不全が起こりうることも説明されている。ある日、自宅から心肺停止でA病院へ搬送されて死亡確認となった。CTでは肺炎像があり、喉頭や気管内には痰が多量に認められた。
→診療経過が分かっています。最近、誤嚥性肺炎を繰り返しており、ALSによる排痰障害から窒息に至ったと説明可能です。口に何かものを詰められたとか、首を締められた後があるとか、不審な点がなければ警察介入なく死亡診断書の発行が可能です。
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50歳女性、自宅内で倒れているところを発見されて救急要請となった。近くには空の薬瓶が落ちていた。最近仕事のことで悩んでおり、睡眠薬を精神科から処方されていたという。救急隊接触時心肺停止状態で、病院に搬送されるもそのまま死亡した。
→内因性と断言できません。むしろ、急性薬物中毒が疑われます。毒で死んだ場合は外因です。警察へ連絡してください。
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80歳女性、自宅で老老介護を受けていた。夫が食事を食べさせていたところ咳き込み始め、顔がみるみる青白くなった。背中を叩いて呼びかけるが次第に意識がなくなったため救急要請された。救急隊接触時、心肺停止状態で、病院に搬送されるもそのまま死亡した。
→高齢者が食事を嚥下できず窒息死したケースです。嚥下機能低下は自然なことですが、窒息死は外因死になりますので警察へ連絡してください。老老介護に疲れた夫が口に無理やりものを詰め込んだ可能性もあります。そういったことはほとんどないですが、事件性を否定するためにも警察介入が必要です。もちろん、殺人の可能性があるなんて言う必要はありません。私は「病気以外で、突然人が亡くなってしまった場合は警察に連絡をすることになっています」とだけ説明して了承を得ています。
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いくつかケースを挙げましたがイメージが湧いたでしょうか。私は1度、殺人事件を見落としかけたことがあります(どうして見落としかけたのかは後で機会があれば書こうと思います。)。それは火災案件だったので警察が拾い上げてくれて、犯人逮捕に至りました。
警察介入するかどうか迷う場合は所轄の警察署に相談しても良いと思います。空振りはまだ許されますが、事件の見落としは被害者がうかばれません。
こういった事件や警察対応も救急外来の仕事です。皆さんの仕事が患者のため、社会のためになって欲しいと願っています。