総論

診断学の格言

診断学において有名な格言があります。“オッカムの剃刀”と“ヒッカムの格言”です。最近、これに加えて“サットンの法則“という言葉を学んだのでまとめて紹介します。

まず、オッカムの剃刀ですが、これはイングランドの神学者ウィリアムさんの言葉に由来します。私がまず驚いたのは、オッカムというのはこの人の出身地の村の名前であったということです。

「えっ、オッカムさんじゃないの?」と困惑しました。

書籍ではウィリアム・オッカムと記載されていましたが、インターネットで調べるとウィリアム=オブ=オッカムと記載されています。オッカム村のウィリアムという意味だそうです。

蛇足から入ってすみません。

ウィリアムさんは以下のようなことを言いました。

「ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきではない」というものです。物事の説明を不必要に複雑化するな、と言い換えることもできます。

実臨床で考えてみましょう。

発熱と意識障害で救急搬送された高齢女性がいたとします。数日前から食欲もなくなり、とうとう動けなくなっていたところを別居の家族に発見されました。採血検査では腎障害、電解質異常、低血糖、炎症反応上昇があります。尿検査では混濁を認めます。従命はなんとか入りますが、弱々しく、力はほとんど入っていません。

救急外来の診察ですから何が起きているのか最初はわかりません。思考が整理できていない人は以下のように考えます。

「発熱かぁ、感染だけでなく膠原病もありうるな。意識障害だから頭になにかあるかもしれない。脳卒中かな。腎障害は腎疾患かもしれない。腎臓内科にも相談しよう。電解質異常はなんだろう。ホルモン系の異常しれないから甲状腺と副腎機能もしらべなくちゃ。糖尿病の既往がないのに低血糖か。インスリノーマかもしれない。CTで膵腫瘍がないか調べておこう。CTでもわからないかもしれないから腫瘍マーカーも調べておこう。インスリノーマの腫瘍マーカーなんてあったっけ。内分泌内科の先生に聞いてみよう。炎症反応上昇はわからないな。感染は外せないから培養一式提出よう。力が入っていないのはどうしてだろう。片側性でなく全身的に筋力が落ちているようだから脳卒中らしさはない。神経筋疾患?重症筋無力症やALSの可能性は?色々な可能性が考えられるし、神経筋疾患はまだ除外できていないよね。見逃すと大変だから神経内科の先生にもコンサルとしておこう。」

眼の前の患者さんの病態を説明するのに全く思考の整理ができていません。考えていること一つ一つは間違ってはいません。何が飛び出すかわからないのが救急外来です。

ただ、「そんな複雑に考えるか?」というツッコミは入りそうです。

この高齢患者の病態を一元的に説明するのならこうです。

「尿路感染症を起こし、食欲がなくなって脱水となった。発熱で朦朧とし、動けなくなったため食事はおろか水分もとれなくなった。さらに脱水が進み電解質異常が生じ、食事が摂れないため低血糖になった。脱水により腎前性の腎障害が生じている。上記のような全身状態不良があり全身的な脱力をきたしている。ただちに、補液と抗生剤治療が必要。」

尿路感染症を発症し、その後色々な問題が派生したケースです。

眼の前の事象をシンプルに捉え、一元的に説明可能な仮説を立てます。

それは多くの場合当たっているでしょう。これがオッカムの剃刀です。余計な仮説や条件、仮定は削ぎ落とされます。

これとは対称的に「どんな患者も複数の疾患に罹患しうる」というのがヒッカムの格言です。ヒッカムは患者の症候が常に1つの疾患で説明できるとは限らず、いくつかの疾患から発生している可能性があると注意喚起します。

オッカムの剃刀、ヒッカムの格言、これは反対のことを言っているようですが、どちらが正しい場合もあります。

傾向として若年者ではオッカムの剃刀、高齢者ではヒッカムの格言通りのことが多いでしょう。高齢になるほど複数の疾患を抱える可能性が高いからです。

私は基本的に一元的に説明可能な病態を考えるようにしていますが、それでも説明がつかない場合、複数の病態が重なっていることを想定しています。格言通りにいかないのが実臨床です。

さて、上記2つの格言は有名だと思いますが、今回はサットンの法則なるものに出会ったので紹介します。

まず、サットンとは、20世紀アメリカの大泥棒です。生涯で200万ドル以上のお金を盗んだとも、成人してからの半分以上の時間を監獄で過ごしたとも言われています(英語版Wikipediaより)。

ある日リポーターからインタビューを受け、「なぜいつも銀行ばかりを狙うのか」と効かれ、「そこに金があるからさ。」と答えたそうです。

この言葉から、“蓋然性の高いところからあたる(取り組む)”というサットンの法則が生まれました。

当然と言えば当然ですが、大切なことですね。そして合理的です。

鑑別診断をあげたら順位付けをしないといけません。あえて可能性が低いものから疑って検査を進めていく理由はありません。高齢者の発熱であれば肺炎や尿路感染症を考えます。右上腹部痛があるなら胆嚢炎など肝胆道系のトラブルを疑ってエコーやCT検査をするでしょう。

オッカムの剃刀、ヒッカムの格言、サットンの法則。先人のクリニカルパールを旨に診療を行っていこうと思います。

ABOUT ME
qqbouzu
地方で救急科医として働いています。