雑記

気管切開術

私は救急科医なので日々の診療の中で手術はほとんどしません。そんな私でも手術室で行う手術があります。それが気管切開術です。気管は”空気の管”と書きます。喉から肺に続く空気の通り道です。どうして気管を切開するのでしょうか。

それは口から入った気管チューブが抜けないからです。

気管チューブは気道確保や人工呼吸器導入のため口から肺に向けて挿入されます。これを気管挿管とか経口挿管などといいます。

意識が回復して舌根沈下(舌の根元が落ち込んで気道が塞がれること)がなくなったり、肺の状態が良くなって人工呼吸器が不要になったりすれば気管チューブは抜けます。それが1番ハッピーです。

でも気管チューブがなかなか抜けない人がいます。脳のダメージが深刻で意識が戻らない人や肺の状態が悪く人工呼吸器のサポートが外せない人などです。神経や筋肉の問題で呼吸が弱々しく人工呼吸器のサポートが外せない人もいます。

気管チューブが口から入りっぱなしだとどんな問題があるでしょうか。いくつかありますが、順を追って1つずつ考えてみましょう。

①苦痛が強い

指を喉の奥に押し付けてみてください。おえっっとなりますよね。嘔吐反射です。チューブが口から気管まで入っているという状態は本人にとってストレスです。しかも四六時中口が開けっ放しです。抜けてしまうと命に関わるので抑制などの行動制限もされます。実際には苦痛を和らげるために鎮痛、鎮静薬が投与されますが、そういった薬なしに気管挿管を継続するのは拷問に近いです。

②歯や唇を傷つける可能性がある

チューブがずっと口から入っています。チューブの向きによっては歯に強くあたったり、唇の一点に当たりっぱなしだったりします。すると歯が傾いたり動揺したり、唇にキズができたりします。そうならないように工夫を固定しますが、患者さんも多少動きますので、限界もあります。

③チューブトラブルのリスク

チューブトラブルといっても色々ですが、例えば痰による閉塞です。チューブは口から肺の手前まで入っています。体内に20~25cmくらいの深さまで挿入されます。単純にチューブが長いほど、途中に痰がこびりついて狭窄したり、閉塞したりするリスクが高いです。また、何かの拍子に事故抜去されてしまった時、再挿入が大変だったりします。事故抜去されないように固定はテープや専用器具で行います、表情や口の動きが読み取りにくく鎮静を浅くしてもコミュニケーションが難しいです。

④呼吸に不利

気管切開術を行うとチューブの長さが短くなります。長いチューブと短いチューブはどちらが呼吸がしにくいでしょうか。それは長いチューブです。長いチューブだと吐いた空気がチューブ内に残り、それを再呼吸します。また、空気を出し入れ位する際にチューブ抵抗を考えても長いチューブの方が不利です。サランラップの芯を口に当てて呼吸するのと、ストローを加えて呼吸するのとどっちが楽でしょうか。太くて短いチューブのほうが呼吸しやすいです。

気管切開術を行うことで上記の問題が改善します。

①苦痛が減る

喉をチューブが通らないので鎮痛、鎮静薬を終了できます。覚醒度が上がるのでコミュニケーションが取りやすくなります。口を閉じることもできます。看護師が口腔ケアと言って口の中を掃除してあげるのですが、それもしやすくなります。声はでませんが、口の動きが見やすくなります。

②歯や唇のキズの心配がなくなる

経口挿管がなくなり、お口周りがすっきりします。表情も読み取りやすくなります。

③チューブトラブルのリスクが減る

リスクはゼロにはなりません。気管切開術はチューブが喉元に移行します。痰によるチューブ閉塞や事故抜去の可能性は残ります。しかし、チューブが短くなったことで閉塞リスクは減ります。事故抜去の際も再挿入が比較的容易です。

④呼吸に有利

長いチューブと比べて息のしやすさが違います。

ということで、長期的に経口挿管が続く患者さんには気管切開術を提案します。デメリットは手術をしなくてはいけないということ。合併症には術後疼痛(一時的な)、出血、創部感染などがあります。またこれはチューブの移行をする手術であり、それ自体は患者さんの体を良くしません。手術自体は多くの場合10-30分程度ですが、肥満や短頸(首が短い)の人だともっと時間がかかることがあります。

最初にも書いたとおり、状態が改善してチューブが抜けて自分で呼吸できるのがベストです。どれくらい長く経口挿管されたら手術をするのか絶対的な基準はありません。施設や主治医の考え方により多少の違いはあります。しかし、2週間を目安に考えることが多いと思います。2週間以上経口挿管が見込まれるようなら気管切開術を行うということです。

重度意識障害で今後も意識が戻らない見込みの患者さんに手術してほしくないという家族もいます。お気持ちは十分理解できますが、医療安全や患者ケアの観点で言えば行ったほうがベターということになります。療養型病院へ移っていく際も、気管切開術が前提というケースがほとんどです。気管切開術をしていなくても受け入れてくれる療養型病院もなくはないですが。

手術の要否は患者さんの状態や家族の意向など考慮して相談しながら決めています。

ABOUT ME
qqbouzu
地方で救急科医として働いています。