「いってー、またやられた。」
師匠の突きを食らってダウンしたやまじは地面に転がっていた。
「修業がまだまだ足りませんね。」
藤依(ふじより)が声をかける。藤依は医学博士でありながら、拳法家でもあり、道場で地元の子供たちに武術を教えていた。
「勝てる気がしないよ。」圧倒的な力の差で負けたやまじは弱音を吐く。
「でも前より蹴りのスピードが上がりましたよ。まだまだ道は険しく遠い。よし、いったん休憩にしましょう。」藤依はそういうと先に建物に入っていった。
「道は険しく遠いか。いったいいつになったら先生のようになれるんだろう。」
やまじは道場に住み込み、手伝いをしながら面倒を見てもらっている。彼はとある事件で両親を失い孤児なのだ。飢えで死に瀕していたところを藤依に拾われた。背はひょろりと高く、丸い顔をしている。髪は坊主頭だ。手足が細く顔が小さいため四肢が長く見える。暗い過去を背負っているがそれを感じさせない底抜けの明るさがあった。シャイな一面もあるが、打ち解けるとよく話す。藤依も似たような見た目をしている。藤依は自分の子供のようにやまじを育てたが、そういったこともありより一層かわいいのだろう。端から見て二人は本当の親子のようだった。
藤依はやせ型高身長で一見すると頼りない印象だが、拳法の達人でありその体は鍛え上げられていた。年齢的にはおじさんの部類に入るのだろう、だがひとたび道着に身を包み、拳を繰り出すとあまりの速さに相手は身動きすら取れないのだった。彼の専門は解剖学だった。人間の造形美に魅せられた若き日の彼は、人体の構造について日々研究している。解剖学というともう新しい知見が出尽くしたと思われがちだがそんなことはない。ミクロの視点に立てばまだまだ人体には未知の世界が広大に広がっている。マクロな視点でも、なぜそのような形態になっているのか、その形態をとることでどんな機能が発揮できるのかという応用的な内容はまだ未解明なところも多い。藤依は自らの研究領域を機能形態学と名付け日々研究を行っていた。彼は研究者であり医師でもあるためけがや病気をした人の診療も行っていた。やまじはそんな藤依に憧れ将来は医者を目指していた。