私は救急車を原則断らない救命センターで働いています。帰宅可能な軽症から命の危険がある重症、そしてその間の中等症まで様々な患者さんが運ばれてきます。“救急車を断らない”急性期病院は急性期医療を最前線で支えています。
ただ、そうやって救急車を受けているとある問題が出てきます。それは病床の逼迫です。
救急科医がばんばん救急車を受け入れたとします。我々が働けば働くほど入院が増えます。一方で、入院した患者さんはばんばん退院するでしょうか。答えはノーです。注意1秒怪我一生という言葉があります。怪我や病気をするのはあっという間ですが、それを治して元の生活に戻すには時間が必要です。
特に、超高齢社会の日本ではすぐに退院できない人が増えています。高齢者では若者と回復スピードが違います。若者はリハビリテーションが進みますが、高齢者ではなかなか進みません。また、介護の問題があり、もといた家に帰れない人もいます。怪我や病気をきっかけに介護度が上がった高齢者を家族が面倒見れないのです。これは「出口問題」と言われています。
「私も仕事があるから。」
「日中は一人になっちゃいますね。その間になにかあると・・・ねぇ。」
退院させようとしてもこんな家族の声が聞こえてきます。これは家族が悪いのではなく、介護にさける人的・経済的余裕がなく、高齢者を支えきれないのです。自宅に帰れないなら施設入所になりますが、施設を嫌がる高齢者は少なくありません。施設が空いておらず、空床待ちだったり、施設に入るお金がなかったりという問題もあります。
とにかく、入院するスピードと退院するスピードが違うのです。
救命センターが満床となり、救急車を受け入れられないのは、救命センターがその機能を果たすことができず問題です。満床でも受け入れることはありますが、外来で対応しその後、他の病院へ転送することになります。断られるよりましかもしれませんが、時間も手間もロスが多いです。家族もこっちへいって、あっちへいってと大変です。
救命センターは常に空床を確保し、常に重症患者を受け入れる体制を整えておくべきです。
日本の救急医療体制では1次救急、2次救急、3次救急に分かれています。1次救急は夜間診療所が該当し、外来通院可能な軽症患者が受診します。具体的には風邪をひいたとか、包丁で指を切ってしまったなどの場合です。
2次救急は地域の救急告示病院などが該当し、軽症から中等症の患者が受診します。具体的には肺炎、心不全、骨折、脳卒中の場合です。自力で受診するケースもありますが、救急車により搬送されることもあります。
3次救急は救命センターが該当し、命の危険があるような重症患者が受診します。具体的には意識障害や中毒、多発外傷、広範囲熱傷(やけど)の場合です。基本的には救急車で搬送されます。
実際には患者さん自身が自分は何次医療機関に行くのかわからないですし、救急隊が患者さんを診ても後から、「意外と軽症だった」とか、「意外と重症だった」という場合もあります。なかなかきれいに線引きもできないのが現実です。
患者さん的には大きい病院のほうが検査体制や人員が揃っているので大きな病院(2次、3次病院)を受診したいという人もいます。気持ちはわかります。みんながそれを言い出すときりがないのですが。
さて、話が脱線しました。今回一番お話したかったのは転院の話なんです。
“転院”、すなわちある病院から他の病院へ移ることです。
救急搬送は患者の重症度によって地域の病院に振り分けられますが、救命センターへ集まりがちです。厚労省によると全国の3次医療機関の救急車受け入れ台数の中央値は年間3520件。2次医療機関の救急車受け入れ台数の中央値は年間576件です。
(参考:https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001094025.pdf)
救急患者を受け入れた3次医療機関がいっぱいにならないためにどうしているかというと、患者さんの転院です。
救急外来で精査した結果、入院は必要だが重症というわけでもない患者さんは2次医療機関へ転院していただきます。いったん入院してから転院先を探すケースもありますが、救急外来から転院になる場合もあります。
あるいは、“重症だったものの種々の治療を行い病状が安定したが、まだ入院が必要”という患者さんも転院の対象です。
転院の話をすると驚かれる方もいます。思いは色々と思います。
・医療資源が豊富な3次医療機関での治療を継続してほしい。
・自宅から一番ここが近かった。
・助けてもらったこの病院がいい。
・また新しい先生や看護師さんになるのが嫌。
・手続きが面倒。
しかし、転院していただかないと病床が逼迫します。
3次救命センターでないとできない治療もあります。そういった方は転院させません。3次救命センターでなくてもできる治療内容の患者さんは転院調整の対象となる可能性があります。それは決して医療のレベルが下がるわけではありません。治療内容は基本的に同じです。
超急性期の病院では入院した日にもう転院の話が出るときもあります。それは患者さんを困らせたいわけではなく、重症度に応じて適正な医療機関へ再配置したいしたいからなのです。急性期病院に原則として長期入院はできません。
病院も役割分担があります。3次医療機関は機材やマンパワーが豊富でたくさんの救急車や重症患者に対応できるようにしてあります。リハビリテーションを行うための病床を持つリハビリ病院や長期入院患者を受け入れる療養型病院もあります。介護申請など種々の退院調整を行い、自宅や施設退院を目指すための病床を持つ病院もあります。それらの病院は3次医療機関の後方病院として患者さんを受け入れてくれます。
このようにして、怪我や病気で具合が悪くなった患者さんは最終的に自宅や施設、長期入院病床などへ移っていきます。自宅に帰って元の生活に戻れるのがベストですが、戻れない人もいます。
話しが長くなったのでまとめます。
3次医療機関(救命センター)に患者さんが集まりがちです。超高齢社会を反映して、自宅へすんなり帰れない患者さんが増えています(出口問題)。病床を確保するため、状態が安定している患者さんから他院へ転院していただくことがあります。転院のお話が出た際は、できるだけご協力をお願いします。