小説(マンガ化希望)

第9話 1人倒して

藤依のスタイルは解剖拳あるいは解剖学流体術とも言う。これは解剖学を極めた者が熾烈な修練の末に会得できる暗殺拳である。医師は高度かつ膨大な知識と技術が求められる。医師になるためには計算力、読解力、暗記力など総合的な学力が必要であり誰でも簡単になれるわけではない。その医師がさらに学問を究め、肉体を磨き上げることによって初めて完成される究極の拳である。当然、それを使いこなすものは歴史上数えるほどしかいない。

「すごい。」やまじが感動で震えている。

「頭を殴られた相手は脳震盪を起こして倒れたのか。」しかじも興奮気味だ。

「違う。」浮ついて話す2人の横でムールは冷静に解説した。

「あれは脳震盪を起こしたのではない。脳ではなく文字通り耳を破壊したのだ。先生は掌底を打つ時小さなくぼみを手のひらに作り相手の外耳道に被せるようにぶつけた。他に行き場のない空気の塊は外耳道を通り、鼓膜を破り、耳小骨を粉々にする。その衝撃は小骨を収める中耳から平衡覚を司る内耳の前庭まで至り内耳までも波及する。攻撃を食らった相手は聴覚と衡覚を一瞬で失うこととなる。当然まともに立っていられないわけだ。

なんて恐ろしい技なんだ・・・。やまじはその威力に驚愕した。

解剖拳はやまじやしかじもできないわけではない。藤依の指南を受け日々鍛錬を行っている2人は十分な実力を持っていたが、藤依のように“極める”というレベルには至っていなかった。解剖拳はとある始祖により大成され、頭頸部、胸部、腹・骨盤部、背部、上肢、下肢という6つのジャンル別に巻物にまとめられているがその所在は現在不明である。

「あんたたち、なんてことをしてくれたんだ。」別の村人が頭を抱えている。

藤依達は村人からの予想しなかった言葉に戸惑った。

「この騒ぎを聞いてやつがやってくる。」別の村人が顔を真っ青にしている。

やつ・・・?

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qqbouzu
地方で救急科医として働いています。