「頭がぼーっとする。脈も早くなってきた。いかん、プレショック状態だ。」
医学においてショックとは精神的打撃を指すのではない。主に血圧低下により末梢組織の酸素需要を満たせなくなった状態を言う。平たく言えば、体の隅々まで十分な酸素を送れていない状態なのだ。やまじは出血により血圧が下がっていた。それを補うために体は心拍数と呼吸数を上げることで対応しようとした。しかし、戦闘における筋肉の酸素需要は高く、その酸素需要を完全に満たすことはできていなかった。
「辛そうじゃないか。えらく頻呼吸だ。」
「ぬかせー。」
やまじが気力を振り絞って猛攻を仕掛ける。正拳、手刀、蹴りなどの攻撃を放つが精細に欠け、かわすかいなすかされてしまう。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」やまじの猛攻が止まった。
「切れが悪いな。そろそろ限界じゃないのか。」
「黙れ、限界を決めるのはお前じゃない。解剖学流体術奥義・大呼吸の法。」
呼吸は横隔膜が収縮することにより胸腔が陰圧となり開始される。横隔膜は膜という名前がついているが、その実体は巨大な筋肉である。通常はほとんど横隔膜の力で呼吸が行われるが、体がより多くの酸素を欲している時には別の筋肉も働く。努力呼吸時に動員される呼吸筋を呼吸補助筋と言う。やまじは人体の呼吸補助筋の一つ一つに意識を向け、その働きを極限まで引き上げた。
「胸・斜・僧・大・小・腰(きょう・しゃ・そう・だい・しょう・よう)。はーーーー。」」
やまじの顔色がよくなった。
「面白いやつだ。まだ楽しめそうだな。」
武井が不敵な笑みを浮かべた。