適切に圧迫したのに全然止まっていない。妙に血液がさらさらしている。
「浅い傷だからといって油断したな。俺の爪にはもう一つ秘密がある。俺の爪をくらって出た血は止まりにくいのさ。」
「どういうことだ。」
「俺の爪にはヒルジン入りの特殊なマニキュアが塗ってある。」
「ヒルジンだと。」
ヒルジンとは吸血動物のヒルから分泌される成分である。抗凝固作用があり、これのおかげでヒルはスムーズに吸血を続けることができる。ヒルに吸血されたあとなかなか血が止まらないのはこのヒルジンの仕業なのである。
「念入りなことだ。だが血が止まりにくい程度のこと。おおかた問題ない。」
やまじはポケットから白いシートを取り出してそれをちぎり出血部位に当てた。
「なんだそれは。」
「ふっ、アルギン酸塩をしらんのか。」
「アルギン酸塩だと。知っているさ。昆布から作られる創傷被覆材。水分を吸ってゲル化し創部になじむが、その際にカルシウムを放出し、凝固カスケードの進行を補助する止血効果のある被覆材だ。だが、その程度で血が止まるかな。」
「御高説どうも。」
やまじはアルギン酸塩をテープで圧迫気味に固定すると再びファイティングポーズをとった。今はこうするしかない。
「勝負は見えている。ゆくぞ。」
武井がつっこんでくる。臆することなくやまじも前に出る。