私は救急科医です。我々救急科医は他のどの科の先生よりも心肺停止の現場に立ち会います。救急車で運ばれてくる心肺停止を院外心肺停止といいますが、救えないことの方が圧倒的に多いです。命は助かっても脳が重篤なダメージを受け、意識が戻らないという人もたくさんいます。
日本は高齢化社会です。心肺停止症例の多くは高齢者です。皆さんの大切な親、祖父母がいつ心肺停止になるかわかりません。人間は毎年年齢を重ね、一歩一歩死に近づいていきます。
今回は、心肺停止蘇生後の方がどういう経過をたどるのか、その典型例を紹介します。
症例モデルは80歳男性です。数日前から体調が悪そうにしていましたが、ある朝妻の眼の前で意識がなくなり救急要請となりました。救急隊接触時心肺停止で、心臓マッサージを受けながら搬送されました。強心剤の投与で自己心拍が再開したものの、意識がなくなって(おそらく心臓が止まって)から自己心拍が再開するまで30分程度経過しています。頭部CT検査では脳が全体的に腫れており重篤なダメージが示唆されました。
医師からは以下のような説明がありました。
「心肺停止で救急搬送されました。自己心拍が再開したものの意識は戻っていません。頭部CT検査ではすでに脳全体が腫れており、時間経過や画像所見、本人の体力や年齢を考慮すると意識が戻る見込みはほぼありません。全身CTや採血をしましたが、心肺停止の原因ははっきりしません。致死的な不整脈がでたのかもしれません。いまのところ血圧や脈拍は安定しているのでこのまま集中治療室に入院します。次に心肺停止になった時にどこまで治療を行うのか家族で話し合っておいてください。」
集中治療室に入院して点滴の調整などの全身管理を受けましたがやはり意識は戻りません。痛み刺激にもまったく反応しない状態です。患者は気道確保のため口からチューブが入っています。そのチューブが機械に繋がれていて、機械の力で呼吸を維持しています。人工呼吸器です。また鼻からチューブが出ています。このチューブは胃まで入っていますが、これは栄養を送ったり内服薬を注入するためのものです。胃管(いかん)といいます。患者は決められた時間になると経管栄養といって、管から栄養剤が投与されます。
意識が回復しないので人工呼吸器も胃管も外せません。口からチューブが入っているので口が開けっ放しです。口の中は乾燥しています。チューブで歯が押されて歯がぐらぐらしたり、唇にあたって一部傷んでいます。医師からは口からチューブが入った状態は良くないので、気管切開術を行うと言われました。喉の正面を切開してチューブをそこに移すとのことです。
手術が行われ、チューブが喉に移りました。しかし、これはチューブ移動の手術であり、患者さんの状態を良くするものではありません。意識は戻らず全介助の寝たきりのままです。
血圧や脈拍は低めですが安定しています。小康状態といった感じです。胃管から栄養剤と水分が投与できるので徐々に点滴も不要となりました。
ここまで来ると、急性期病院での治療は一区切りです。急性期病院に入院していてももうできることはなく、看護師に体位変換してもらったり、痰を吸引してもらったり、経管栄養を投与されたりしながら亡くなるまでベッド上の生活となります。看護師さんが注意してケアしてくれていても床ずれ(医学的には褥瘡と呼びます)が発生することがあります。
長期入院できる”療養型病院”という慢性期の患者さんを受け入れる病院へ移っていきます。転院したくないという家族もいますが、転院しないと慢性期の患者さんで急性期病院のベッドが占められてしまうので基本的には転院していただきます。
いつ最期を迎えるかはその人次第ですが、当然徐々に弱っていきます。日々の生活の中で時折肺炎を起こしたり尿路感染を起こしたりしながら衰弱して死を迎えます。
といった感じになります。人によって経過はまちまちですが概ねこのような経過をたどります。価値観は人それぞれですが、私は生かすことだけでなく、逝かせてあげることも大事だと思っています。患者さんの家族も大切にしつつ、でも1番は患者さんを大事にしたいと思って日々診療しています。