各論

ハイムリック法

ハイムリック法って知っていますか。窒息した患者の後ろに回り込んでみぞおちをぐっと押し込むあの手技です。窒息は解除までの時間がキモです。病態としては至極単純で、やるべきことも明快です(そのための戦略やデバイスは色々ありますが)。

最近、ハイムリック法を考案したハイムリックさんのことについて本で読んだので書きます。

本題に入る前に、窒息について少し勉強しましょう。

窒息は喉に物が詰まって起こります。食べ物で多いですね。どうして窒息が起こるのでしょうか。それは、空気の通り道と食べ物の通り道が共通だからです。通り道が同じだからちょっとした間違いで食べ物が気道を閉塞してしまいます。

有名な話ですが、へびは食べ物で窒息しません(絶対ではないようですが)。へびは獲物を丸呑みにします。自分より大きな獲物を飲み込むこともあるにもかかわらずです。

どうしてかというと、気管の入り口が口腔の入口付近にあります。口のところから別ルートとして分かれて気道が存在するので誤嚥することがありません。またこの気管は壁がしっかりしていて、圧排されて内腔が潰れないようになっています。

さらにさらに、仮に気管が塞がっても肺に溜めた空気でしばらくガス交換ができます。ヘビは代謝が低く、酸素要求量も少ないので余裕があるそうです。このような感じでへびは窒息しにくいように進化しています。手がない生き物なのでこの辺の構造が都合よくできあがったのでしょう。

2021年のデータですが、日本における不良の窒息による年間死亡者数は8000人弱です。近年は減少傾向にあるものの、諸外国に比べて日本における窒息の死亡率は高くなっています。その背景には高齢化と餅文化があるのだと思われます。

窒息による死亡者は高齢者に多く、65歳以上の人が90.7%を占めます。既往歴でみると、認知症、脳梗塞、統合失調症など中枢神経系疾患を有する患者が多い傾向にあります。

一方で、小児は5歳未満が多いです。2021年のデータでは不慮の窒息により死亡した14歳以下の小児は80人でしたが、そのうち70%が0歳時、13.8%が1-4歳児でした。5歳未満が8割以上を占めているという結果でした。

窒息の原因で一番多いものはなんでしょうか。一番多いのは食物で、不慮の窒息のうち53%を占めます。まぁ、人間食べないわけにはいかないですからね。

ちなみに、窒息は食事中に突然発症するため、別名“café coronary”とも呼ばれているそうです。

原因食物で多いのは何でしょうか。

一般的には米飯、肉、パンですが、日本からの報告では餅が、アメリカからの報告では肉(ステーキ)が目立ちました。興味深いのはイタリアからの報告で、ピザが挙がっていました。うーん、イタリアっぽいですね。

発生場所は自宅が一番多いとのことです。これも頻度的にそうですかね。

発生時期はどうでしょうか。日本では窒息による死亡や院外心肺停止が冬に多いことが知られています。その一因は餅です。正月に餅を食べるからですね。餅、恐るべし。餅は窒息しやすいってわかっているのに、日本人は餅食べますからね(私も好きです)。

ちなみに、餅を除いても窒息は冬に多いそうですが、その原因は不明だそうです。

さて、前置きが長くなりました。今回は前置きのほうが長いです。

ハイムリックさんの話でした。

ハイムリックさんは米国の胸部外科医です(Henry Judah Heimlich, 1920-2016)。動物実験をもとに考案した窒息解除法であり、1974年Emergency Medicine誌で紹介され、その後1975年にJournal of American Medical Associationに論文として発表されました。

ハイムリックさんはテレビ出演などもして精力的にこの手技を宣伝したようで、かなり有名人になったそうです。また、アメリカ大統領だったロナルド・レーガンさんが飛行機の中でピーナッツによる窒息が起きた際も、このハイムリック法で助けられたというエピソードがあります。

現在ではハイムリック法は背部叩打法に次ぐ窒息解除法という位置づけです。心窩部を強く押すので臓器損傷や嘔吐などの合併症があるためです。

ハイムリックさんは当然、ハイムリック法が第一の選択肢であるというふうにしたかったようです。自身の手技ですから。ただ、思いが強すぎたのか、根拠のないまま溺水患者にもハイムリック法が有効だと主張していました。

他にも、色々な手を使ってハイムリック法を広めようとしましたが徐々に疑問を呈する人たちも増えてきて、逆風が強まったようです。息子からも「欺瞞に満ちた功績だ」と批判されています。

現代の異物による気道閉塞の対応はガイドラインにより多少異なりますが、概ね背部叩打法をまず行うことになっています。すぐにできて合併症が少ないからです。それで窒息解除できなければハイムリック法(現在は人名付きの名前ではなく腹部突き上げ法と呼ぶようになっています。)を行います。それでもだめなら胸部突き上げ法を行います。乳児と妊婦にはハイムリック法は行いません。

ハイムリックさんは晩年介護施設で過ごしていました。ハイムリックさんが他の人と食事を摂っていた時に隣に座っていたおばあちゃんが窒息しました。ハイムリックさんはすぐにハイムリック法を行いこの人を救命したとのことです。なんと、この時ハイムリックさんは96歳でした。

ハイムリックさんが96歳でハイムリック法をしたという話を本で読んで、この記事を書いてみようと思いました。

窒息解除は救急隊の到着を待つのでは遅いです。医療者はもちろん、市民の皆さんにも知識を持っていて欲しいと思います。

ABOUT ME
qqbouzu
地方で救急科医として働いています。