雑記(医療関連)

カリフォルニアから来た娘

とにかく長生きが良いかと言えばそうではありません。人は老化から逃れることができません。身体、精神、認知すべての機能が低下していきます。人の死亡率は100%です。

透析、輸血、昇圧剤、強心剤、人工呼吸器など濃厚な医療行為を行っても最後に人は死ぬのです。

家族や本人と話し合い、できる医療行為を全てするのではなく、穏やかな最期を希望する方もいます。

“医療現場あるある”として、「患者や近隣の家族、そして医療者で話し合って決めた終末期の方針を遠方の家族が突然やってきて覆してしまう」ということがあります。

例えば、90歳で施設入所中のおじいちゃんが重症肺炎になった状況を想像してください。認知症が進行して意思疎通が難しくなり、脳梗塞の後遺症で寝たきりのおじいちゃんです。これまでの経過を知っている施設職員や近くにいる家族、医師、看護師などで話し合いを行い、「延命は希望しないから抗生剤の点滴だけで様子を見よう。それでだめならお看取りにしましょう。」となったとします。

おじいちゃんの最期が近いという連絡が親族に入ります。すると、遠方で暮らしていた娘が驚いてやってきてこう言うのです。

「ちゃんと治療しないってことですか。このまま死ぬのはかわいそう。できることがあるなら全部やってください。」

こんな感じで、これまでの話し合いが台無しになることがあります。

これ、どれくらい“あるある”かというと、この状況に対して名前がつくほどなんです。

その名も「カリフォルニアから来た娘症候群」です。そう、日本のみならず海外でもこの現象は“あるある”なんです。

ウィキペディアにも載っていて、わかりやすく説明されています。ウィキペディアから要点を抜粋します。

・「娘」となっているが、性別や血縁の関係性は問わない。

・ 「カリフォルニアから来た娘」は、しばしば怒りっぽく、自己評価が高く、明晰と自認し、情報通を自称する。

・対象の高齢患者とその介護者、医療関係者との同意を否定し、安らかな終末を阻害するとされる。

これ、本当にその通りなんです。なぜかこういう家族は自己評価が高く、医療者に対して高圧的です。医学的知識をさも持っているかのように、“分かっているてい”で話します。しかしほとんどが知ったかぶりか、中途半端な知識です。本当に医療や終末期に明るければ、無茶な要求はしません。

もう少し、ウィキペディアをのぞいてみましょう。

・「カリフォルニアから来た娘」は高齢患者の生活やケアから遠ざかっていたため、患者の悪化の程度にしばしば驚かされ、医学的に可能なことについて非現実的な期待を持ってしまう。

・不在であったことに罪悪感を感じ、再び介護者としての役割を果たそうとする心理もある。

ということで、行き場のない後悔とか罪悪感もあるようです。それが医療者に対してぶつけられてしまうのだと思います。

人間は日々衰えます。高齢の親が施設へ入り、そのまま顔を見ない日々が続くことがあります。久しぶりに会ったとき「こんなじゃなかった。」、「もっと元気だった。」と思うでしょう。しかし、状況は日々変わります。できていたことができなくなっていきます。

高齢の親が肺炎で入院したときに、「できるだけ長生きさせて欲しいです。」というご家族がいました。それは当然のお気持ちだと思います。

しかし、普段の様子を伺うとあまり分かっていないようです。ご飯はどういうものを食べて、歩行は杖が必要なのか、トイレでおしりはふけるか、要介護いくつなのか、普段の通院先はどこなのか把握していませんでした。

こんなケースもあります。自宅で義理の娘(長男の嫁)に長年介護をしてもらっているおばあちゃんがいました。高齢ですから肺炎や尿路感染になったり、転んで足の骨折をしたり入院を繰り返してきました。その都度息子夫婦が対応して入院の手続きをしたり、介護申請をしたりしていました。そのおばあちゃんがいよいよ亡くなりそうになったとき、医師から病状説明の場が設けられました。遠方で別居の娘さんも予定を合わせて来院しました。医師から状態が悪いことを聞かされたあと、長男は「もう年だから。厳しいですよね。」と言いました。これまでの様子を知っているからです。ところが娘さんはこう言います。

「なんとか助けてください。家が好きだったからまた家に帰してあげたいです。人工呼吸器も外せる可能性がゼロじゃないならそれにかけたいです。」

その時の義理の娘さんの顔が忘れられません。立場上、何も言えず、ただ暗く沈んだ顔をしていました。

“カリフォルニアから来た娘“にならないようにして欲しいと思います。それには普段から親御さんに関心をよせておくことです。

なかなか難しいとは思いますが、私は人が死から逃れられない以上、高齢の患者さんが穏やかな最期を迎えられるようにしたいと思っています。

余談ですが、「カリフォルニアから来た娘症候群」をカリフォルニアでは「シカゴから来た娘症候群」と呼ぶそうです。シカゴはイリノイ州ですね。

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qqbouzu
地方で救急科医として働いています。